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ご挨拶

理事長からのご挨拶


理事長 斉藤 邦彦
元 駐米国大使
 十二才から十八才頃まで、すなわち中学高校時代は、人として物事の理解力が急速に高まる時期であると同時に、心の柔軟性がまだ十分に保たれているために、あらゆることを素直に吸収することが出来る時期であります。充実した人生を送れるかどうかは、この中学・高校の6年間をどのように過すかによって大きく左右されるのではないでしょうか。漫然と時を過したり、逆に受験勉強に追われるあまり他の物事に目を向けないまま6年間を終ったりしてしまっては、二度と来ないこの貴重な時期を無駄にしたことになります。

 北鎌倉女子学園は、創設以来、いかにこの6年間を有益かつ楽しいものに出来るかという命題を追い求めて来ました。本学園は、進学のための勉学と合わせて文化面の素養を深めることを重視し、またクラブ活動を通じて興味の対象を拡大することによって、国の内外に広く目を向ける心の豊かな人間を作り上げることを目指しております。

 「高雅な品性の涵養」という教育理念の実現は決して容易ではありませんが、一歩ずつでもその目標に向って前進しようと努めています。この努力は、高等学校卒業後の長い年月を充実した意義深いものとするために、必ずや役立つものと信じております。

学校長からのご挨拶


学校長 瀧本 聡
 本校の教育方針は「高雅な品性を育む」ことです。私は本校伝統の「品性」とは、「人のありよう」として、日本国内のみに通用するものではなく、国際規格たりうるものではないか、またそのように志を立ててゆかねばいけないのではないか、と考えています。

 では、「品性」が国際規格であるために求められるものとは何でしょう。

日本の伝統文化ー芸術的なものも含め、生活の中のよき慣習、譲り合い、気遣いの精神の尊重

世界に多くの国がある中でこの国に生まれたことは恵まれたことなのだ、という日本人であることへの幸せ感。そしてそれゆえにこそ持つべき世界の現状への視座

個はもちろん大切であるにしても、社会の秩序への敬意なくしてひとりひとりが生きやすい社会はありえないー個=我利ではないことの認識

弱者あるいは「普通」と異なる者へのいたわりとやさしさ、また価値観が異なることを当然としてコミュニケーションを積み上げられるタフさ

日本固有の、宗教への「ゆるさ」「寛容さ」を強みとする意識、同時に宗教心ー特定の宗教への帰依でなく、人智を超えた大いなる力への畏怖による謙虚さ

豊かさは金銭にこそあるという考え方に囚われず、利を一義としない生き方、「よりよく人として生きる」という生き方への共感と志向

直面する状況にうろたえず、冷静に対処し解決策を見つけ出してゆく知性と、質の高い感動を逃さずキャッチできる感性

理想的に過ぎ、「きれいごと」に過ぎるかも知れません。しかし、中学高校という、人生の中で比較的「利」を離れて生きられる時期に「きれいごと」を学ばずしていつ学ぶのでしょう。あるいは「きれいごと」を知らないまま大人になっていいのでしょうか。「きれいごと」は甘くみられるかも知れません。でも、「きれいごと」を求めない社会は人の心を痩せさせてゆくだけではないのでしょうか。
自己主張ができなければ、自己の利益に敏感でなければ、埋没するし不利益を被る。それはそうであるにしても、そのことへの過剰な虞れが「我利」の跋扈を生み、結果として非常にぎすぎすした世の中を引き寄せているのではないでしょうか。
他者を大切にすることはそのまま自分を大切にしてもらえることなのだ、自分だけ幸せだったらいいのではなく皆が一緒に幸せになるために力を合わせて問題を解決しよう、という思いを本校から日本社会あるいは国際社会へ発信できたらと思います。「自分だけよければいいという私利私欲を追う生き方」は本校の考える品性とは正反対の位置にあるものです。
つまるところ、「品性」とは「しっかりとした自分」であり、その人が自分の「生き方」に自信を持ち、背筋をすっくと伸ばして生きている時その人は輝くでしょうし、品格を感じさせるのではないでしょうか。楽な生き方でなくても、金銭的には恵まれなくても、「生き方」に充足感を覚え、自分の存在に意義を見いだせる人は、その価値は世界のどこにあっても認められるのではないでしょうか。

世界のどこにいても自分のうちに培った「品性」がその人を後押しし、周囲から一個の人格として認められる人を育てることをめざし、実現してゆきたいと夢を描いています。
学園のご紹介
鎌倉街道沿いの小高い丘を登ると本学園があります。
学園の制服をご紹介いたします。
“ごきげんよう”の挨拶で北鎌倉女子学園の一日が始まります。